最高裁判所第二小法廷 昭和59年(あ)1005号 判決 1987年12月11日
主文
原判決中「押収してある現金合計二九五万円(原審昭和五五年押第三六号、当審昭和五七年押第四二号の5、7、9、11、16及び17)を被告人重松から没収する。被告人重松から金二一八六万三〇〇〇円を追徴する。」との部分を破棄する。押収してある現金合計四五万円(第一審昭和五五年押第三六号、原審昭和五七年押第四二号の5、7、9及び11)を没収する。
その余の部分に対する本件上告を棄却する。
理由
弁護人勝尾鐐三、同佐長彰一、同田中重正、同三好泰祐及び同井上正実の被告人についての上告趣意(昭和五九年一〇月二六日提出の上告趣意補充書によるものを含む。)のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は所論のような趣旨を判示したものではないから、その前提を欠き、その余は、違憲をいうかのような点を含め、その実質はすべて単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
しかしながら、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、原判決が被告人に対し没収及び追徴を言い渡した部分は、以下の理由により破棄を免れない。
一原判決が認定判示した犯罪事実の要旨は、
「被告人は、昭和五五年四月一三日施行の愛媛県宇和島市長選挙に立候補した一、二審相被告人中畑義生(以下、中畑という。)の選挙運動者であるが、
第一 昭和五四年一二月二七日ころから昭和五五年三月一九日ころまでの間三回にわたり、同市和霊町一二四七番地三中畑義生後援会事務所において、中畑から、同人が自己の当選を図る目的をもつて、同選挙区の選挙人らに供与すべき投票及び投票取りまとめ等の選挙運動の報酬の資金として交付するものであることを知りながら、現金合計二四八一万三〇〇〇円の交付を受け(包括して公職選挙法二二一条一項五号の受交付罪に当たる。)
第二 他の者と共謀の上又は単独で、中畑に当選を得させる目的をもつて、未だ中畑の立候補届出のない昭和五四年一二月二八日ころから昭和五五年三月二五日ころまでの間一一五回にわたり、選挙人らに対し、中畑のための投票及び投票取りまとめ等の選挙運動の報酬として、現金合計五一八万七〇〇〇円を供与し
たものである。」
というのであり、原判決は、押収してある現金合計二九五万円(第一審昭和五五年押第三六号、原審昭和五七年押第四二号の5、7、9、11、16及び17)を右第一事実の受交付金員の一部と認めて、公職選挙法二二四条前段により、これを被告人から没収し、更に、同条後段により、被告人から、第一事実の受交付金員と右没収金員との差額二一八六万三〇〇〇円を追徴すべきものとしている。
二原判決の認定するところによると、右没収・追徴に関係する事実関係は、次のとおりである。
(1) 第一事実は、実際には、被告人が中畑から 昭和五四年一二月二七日ころ、 昭和五五年二月上旬ころ及び 同年三月一九日ころに、それぞれ現金一〇〇〇万円ずつすなわち合計三〇〇〇万円の交付を受けたというのであるところ、(2) 被告人において、右の一〇〇〇万円については、その出所を隠蔽するため、農業協同組合に預金して、その代わりに自己の銀行預金を払い戻すなどして同額の現金を取り揃え、右の現金合計二〇〇〇万円とともに一括して保管し、この中から、第二事実の供与現金合計五一八万七〇〇〇円を支出した(原判決は受交付罪のうちこの供与に相当する部分は供与罪に吸収されるとして差額の二四八一万三〇〇〇円のみについて受交付罪の成立を認めたものである。)。(3) 昭和五五年三月二六日、警察が中畑側の買収事犯の関係で中畑宅を捜索した際、いずれもそれまで被告人が同所の鍵付き冷蔵庫に保管していた受交付金員の残りである現金六一八万七〇〇〇円及び封筒四枚に小分けされていた現金合計四五万円(前同押号の5、7、9及び11)が発見され、被告人が逃走したため、これらの金員は中畑から警察に任意提出された。(4) 被告人は、右捜索以前に、右現金合計六六三万七〇〇〇円を除く受交付金員のすべてを、第二事実の供与のほか、起訴されていないこれと同様の選挙人らへの供与及び中畑の後援会の正当費用に支出し終えていた(但し、後者は前者に比し少額である。)。(5) 前記(3)の警察にいつたん押収された現金六一八万七〇〇〇円は、その日のうちに中畑に還付(原判決は仮還付としているが、記録によると還付であることが明らかである。)され、(6) その後、再び被告人の手に渡り、被告人逮捕後の同年五月三〇日被告人の妻から、このうちの二五〇万円(前同押号の16及び17)が警察に任意提出された。
三以上(1)ないし(5)の事実は、記録に照らしこれを是認することができる。しかし、(6)のうち現金六一八万七〇〇〇円が中畑から被告人に再び渡されたという点については、被告人の捜査官に対する供述調書の中に、これに沿う記載部分があるのみであるところ、その供述は極めて概括的なものにすぎず、その授受の理由、態様や日時場所にさえ全く触れていないし、後に押収された二五〇万円との差額の使途についても漠然とした説明しかなされていない。他方、中畑は捜査段階及び公判を通じて被告人に対して合計三〇〇〇万円の現金を渡したことは認めているにもかかわらず、右授受の事実を一貫して否定しており、被告人も公判においては、これを否定し、押収されている現金二五〇万円は、これとは関係のない被告人のものであると供述している。そして、第二事実の供与はすべて前記(3)の捜索以前に終わつており、記録によるも、検察官の主張する起訴外の供与もすべて右捜索以前のものであり、中畑が被告人に現金六一八万七〇〇〇円を渡すべき理由も見当たらない。以上によると、(6)については、そもそも前記授受の事実は認めがたいというべきであり、したがつて、これを除外して、被告人に対する没収・追徴を検討すべきである。
ところで、原判決は、前記(4)の事実を認定しているにもかかわらず、被告人から、これらの起訴外の供与及び後援会の正当費用に支出した部分に相当する金額についても追徴すべきものとしているが、公職選挙法二二一条一項五号所定の受交付者が、その交付を受けた趣旨に従つて受交付金員の一部を他に供与したと認められるときは、その供与が起訴されていなくても、同法二二四条後段による受交付者からの追徴額の算定にあたつては、右供与にかかる金額を控除すべきものと解するのが相当であり、また、右のような受交付者が、受交付金員の一部を後援会等の選挙運動の正当費用に支出したと認められるときも、右同様に追徴額の算定にあたりこの正当費用にかかる金額を控除すべきものと解するのが相当である。
してみると、被告人に対しては、押収されている前記(3)の現金合計四五万円の没収を言い渡しうるにとどまり、原判決がこれを越えて被告人に対し没収・追徴を言い渡したのは、没収・追徴の要件に関する事実の一部を誤認し、かつ、公職選挙法二二四条後段の解釈を誤つたものというべきであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決の右部分を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
四よつて、刑訴法四一一条一号、三号、四一三条但書により、原判決中「押収してある現金合計二九五万円(原審昭和五五年押第三六号、当審昭和五七年押第四二号の5、7、9、11、16及び17)を被告人重松から没収する。被告人重松から金二一八六万三〇〇〇円を追徴する。」との部分を破棄し、押収してある現金合計四五万円(第一審昭和五五年押第三六号、原審昭和五七年押第四二号の5、7、9及び11)は、被告人が前記第一(原判決では第二の一)の犯行により交付を受けた金員の一部であるから、公職選挙法二二四条前段によりこれを没収することとし、原判決のその余の部分に対する上告は、刑訴法四一四条、三九六条によりこれを棄却することとし、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島昭 裁判官香川保一裁判官奧野久之)